今日の人生

むなしい日も 幸せな日も たくさんの今日について

七夕

 

双子は無事、新生児期を卒業して、「乳児」のステージになった。

七夕の短冊に子どもの成長を祈る保護者の願いが書いてあると、ありきたりだな〜とか、他に特筆したものがなくて書いているんだろうくらいに思った。歯の浮くようなセリフでこそばゆい。エゴっぽいし自分なら書かないかなって感じた。

ただ親になって大真面目で真摯な願いなのだと知る。自分も御多分に洩れず。でした。

でも自分の場合、親の無償の愛。的なそんな高潔なものでもなく何なのだろうと思っていたけど…

 

「赤ちゃんをこの世界に無相談で参加させるこちら側の最初にして最大の誠意というか覚悟というか、唯一の態度であるような。」

小説で読んだこのセリフ。前後の文脈は全然違うんだけれど、今の私の七夕の願いの感覚に近くストンと腑に落ちた。

出産を終えて

 

3058gの男児、2560gの女児

2分違いの兄と妹。

息苦しい感じと若干の気持ち悪さに対処する為にただ自身の呼吸に集中していた。大きい!立派〜という医者の声が聞こえて、気づいたら産声をあげていた。

最初の呼吸をしたふたり。息子は羊水を吐き出すかのようなゲホゲホな産声だった。うまく肺呼吸に切り替わったかな〜とか、ぼんやり考える。

胎児として母親に依存している状態から、自分で呼吸して栄養をとっていかねばならなくなった。

親になった実感はまだあまりない。

産まれてくれてありがとう。生かしてもらいありがとうございます。と思う。

10カ月間、3つの心臓を動かし生かしていた不思議な私の体は、また自分に戻ってきた。

これから親としての役割、私に出来うることを全う出来ますように…。

秋空の下、美しいダリア園

 

ダリア園がメインでないからか人が少なく(というより終始自分だけだったような。)ひっそりとした雰囲気。おかげでまわりのことは一切気にならず花にゆっくりじっくり集中だった。

花びらの美しい色合いと完璧な配列に見惚れる。ねえ君はどうしたらこんな風にできるのか。定規も設計図もないんだから、そのものが秘めて備えているものとは分かる。

自然の造形美。というと抽象的すぎるのか真に迫れていない感じがする。この不思議な力を自分なりに解釈するのに適切な名前が見つけられないでいる。

こんな風に探すのは、この日のダリアが美しく凛として見えて、自分もこうありたい。と思っていたから。

花はただそこにいるだけ、風に揺れているだけ。何も引かず加えない。清い。

身土不二

 

身と土、二つにあらず。 

「土」「大地」「風土」「循環」

 

物理的•日常的な生活と、情報の中に没入する時間と どちらがメインなのか、

現実と仮想現実、その区別が付いているのか、そのどちらに重きを置いているのか。

2021年

 

思いがけない良いこともあるけれど、思いがけない辛いこともある。そんな年の暮れだった。

未来には避けられない不可抗力というものがあり、過去にも戻れない。今だけを見る強さがない。

不安や恐れに刈り取られずに、回復出来ますように。消え去れ、いとわしき心配よ!

 

 

 

The first day of spring

 

今日は立春。英語でいうと
The beginning of spring 
または
The first day of spring 

春の始まりという感じかな?

茶道のおかげで季節感の薄い当地でも日本の季節の移り変わりが勉強できて嬉しい。昨日は日本食材店でかんぴょうが手に入った為、はじめて太巻きを作ってみた。

立春というと、まだ寒いから名ばかり、暦でも昨日まで大寒で寒さのピークと言ってたのに、ほんの翌日に春なんて気が早いな〜と感じ、立春の前に例えば「寒緩」のような寒さが和らいできました。的な節季が入ってもいいんじゃないかと思ってた。

何で立春なのに寒いのか検索したら、当然寒いのなんて見越しているわよ。と言われたような気がした。

”寒さのピークから春に転ずる転換点に当たるため”  中国の陰陽五行思想では、「陰が極まれば陽に転じる」と考えられている。 だそう。これを暦にも当てはめた?

(そもそも太陽高度によって一年を八等分しただけとも言えるそう)

うーん、なるほど〜と妙に納得。立春って意外と奥が深いかも。辛い時や苦しい時にこんな風に思えたらいいな。と思ったのと、寒さが底を打つ→もうこれ以上寒くはならないぞ→春の兆しだ!ってこの思考、結構難易度高い…泣 梅が咲いた。とか、気候がぽかぽかとか麗か。という春のイメージがあるからか、気象的な変化の方がしっくり来るけれど、そんな事実実感というよりも寒さが和らぐこと、そのことに春を"思う"んだなあ。目に見えないものを見るのはいつも難しい。今度から立春は「名だけの春」にはならないぞ。

最近の当地では、日中の日差しで冬の寒い盛りは過ぎたかな(朝晩はまだ肌寒い)と感じるし、コロナで一日家にいても、どんどん日が伸びていくのを感じている。

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Have a nice day

 

スーパーで、レシート渡しながら「Have a nice day!」と言ってもらえた。塩対応の人もいるなかで、これを聞くと気持ちがパッと明るくなる事が多い。エレベーターに居合わせて去り際に言ってくれる人もいる。

Have a nice day!

you too!!

良い会話だなあと思う。自分から言えずに言われ待ちが多いけれど笑

日本でも使えたらな。けれど「良い一日を!」なんて言ったら相手は驚くかもしれないのでちょっと恥ずかしい。日本語ではなかなか言わないよね。挨拶代わりに気軽にやりとり出来るのが羨ましい!

笑顔が素敵で親切な店員さんに会ったこともある(日本で) 些細なふるまいで、他人を励まし力強くさせたり、明るくさせたり出来る力を本当は一人一人が内包しているんだと思う。それを使うか否か。通りすがりの他人にだって影響出来るし、そう考えるといつも無愛想でいることは一種の罪のようにも思えるなぁ。

 

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